8月
29
2005
2

The Spitfire Grill(邦題:この森で、天使はバスを降りた)


刑期を5年終えた若い女性パーシーが、アメリカのメーン州の小さな村にやって来る。彼女は村のカフェで仕事をし始めるが、僻村の人々はよそ者を警戒する。そのためギクシャクしていた関係が、少しずつ解かれていく。彼女の存在が、この村の人々が抱えていた問題を明るい方向に向かっていく。最後まで彼女を信用していなかった男が、ちょっとしたことで最悪の事態へ。彼女はいなくなってしまったが、彼女が村に大きな変化を与えた。

現実に起きそうな話で、それがすごく切なく感じます。
アメリカの特殊事情もありますが、日本でありそうな自然な話ですね。久しぶりに見ていて、涙がぼろぼろ出てきてしまいました。久しぶりに感動する映画をみたと思います。すかっとさわやかな終わりではありませんが、何か将来に向けて期待を残すことが感じられて良かったです。

ところでこの映画の中で、僻村のカフェを売りたいんだけど10年経っても売れない、どうすればいいんだろうかという話が出てきます。パーシーは刑務所の中で友人から聞いた話をします。

「田舎のホテルを売ろうとしたんだけど売れなかったの。そこで、田舎のホテルを経営したいという理由を書いたエッセイコンテストをしたの。参加費用$100で最優秀の人にホテルを譲ることを約束したんだけど、もし2500人以上集まらないときは取りやめにするとしたのよ。そしたら3000人以上集まって、大儲けよ。びっくりしたわぁ」

彼女はその話をカフェの女主人にしまして、実際にそれをやり遂げました。コネを使って全国紙に記事を書いてもらったら、大評判で無事にそのカフェを売ることができました。ここに売れない不動産を売るための知恵があります。

普通に不動産を売ろうとしても、顧客が見つからない。顧客が見つかったとしても、安く買い叩かれるだろうし、村民の人も従来どおりのカフェが続かないことにショックを受けるだろう。カフェを安く買った人がいたとしても、それは利益が出るかどうかわからない。いわば全員が損をするシステムかもしれません。

ところが発想を変えて、$100で公募する。その$100は夢の代金です。一人は必ずこのカフェを手に入れることができます。公募の中から選ばれた一つは、一番良いアイディアで成功する確率が高いし、村の人を巻き込んだので、村の人はみんなお客になってくれるでしょう。このような騒ぎによって、カフェの名前は有名になり、村の外からも客は来るでしょう。もし公募された$100が紙くずになるのが心配だったならば、無期限のコーヒー券30杯分を渡せばいいんじゃないの(日本の発想だけど)。そうすれば、遠くから一度はやってくるし、損したという気分にもならない。

これで、カフェの女主人も大金を受け取れるし、村民も結束ができてカフェが継続して喜ぶ、公募した人も夢とコーヒー券を受け取れる。みんなハッピーとなります。みんな損をするところから、発想を変えただけでみんな得をする、オセロのような話です。

実際にはそんなにうまくいかないかもしれませんが、ひょっとしたらこういうのもコミュニティビジネスなのではと思いました。

8月
28
2005
2

親族との夕食会

土曜日の夜は、私の両親と実の妹の家族とそして私たちの家族で、夕食会でした。
母が日程を調整して費用を負担して、3家族が年に数度集まります。

正月は母の家で母自身が準備をすることが多いですが、昨日はチェーン店の焼肉屋でした。娘や息子は、いとこに会えるので大騒ぎです。両親も4人の孫にあえることが嬉しいのでしょうか。両親はいつも食事代を全部負担してくれて、孫たちにお小遣いをあげます。

私と妹がたまたま母の家の近くに住んでいるのですが、それぞれ家庭を持っているので会うことができません。妹とは仲は全く悪くないのですが、それぞれ結婚して別の家族になり、いろいろな出来事や悩みや価値観などを共有することができないので、だんだんと疎遠になってしまいます。こんな状態で、遺産相続やお金の貸し借りの問題が起きたら、兄弟は仲違いしてしまんだろうなと思います。

私は会社を辞めたり起業をしたりどたばた人生を送っていますが、妹の夫は20年以上ずっと堅実にサラリーマンをしています。酒もほどほどなので自然とお金がたまり、先日マンションを売って、中古住宅を買いました。中古といっても数年しかたっていなくて4000万円ぐらいの家です。一時的に母から数百万借りて、ローンはせずに買いました。妹夫婦は結婚前に2000万円近くあり、それが新築マンションの頭金となりました。今度もそのマンションを売却して、貯金などを合わせて買ったものでした。妹はマンションの方が交通の便がよいので中古住宅の購入に反対でしたが、夫が将来は夫の両親と同居を考えてのことなのか、広い家を欲しかったのか、押し切られたようです。

ときどき妹のような堅実な人生がいいのかと思ってしまいます。その結果がこうした家の購入という結果として見えてきますので。しかし自分にはできないことなんだなとも思います。起業してうまくいって順調に進みだすまでお預けです。とはいっても、個人的に家に執着心はないので、子どものためにもう少し広いマンションがあればいいのです。

夕食会はお酒を飲む人はいません。タバコも妻の夫は少し吸うようですがここでは吸いません。特に何を話すわけでもなく、さしさわりのないお互いの生活状況を報告します。詳しいことやトラブルは、既に母が電話などで情報をそれぞれに渡しています。だから、ちょっとした外交の夕食会ですね。何も問題なく、とりあえずつつがなく生活していますよということを顔を見せ合っているだけです。両親は孫にあえるだけで喜んでいますし、我が家も夕食をごちそうになるので、いいんではないかと思います。毎年お盆と正月の時期に両親の元に帰るのは大変なので、まあいいんではと思うようになってきました。あぁ、ビジネスしなきゃ。

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8月
28
2005
2

インターネットのこれから(続き)

インターネットのその後を10年前と今を比べてみて、その外挿法で10年後を見てみようと思います。テキトーなので、思いっきり笑ってください。

インターネットは10年以上前からありました。
ただ今のインターネットと全く違う存在で、大学や研究機関が電話の専用回線で結ばれているか、ときどき電話でつながるものでした。大学の中には20年くらい前にEthernetというのがぼちぼち出始めていましたが、拠点間で結ばれたのは10年ぐらい前です。NIFTY Serveのメールがインターネットとつながるようになって、大学の先生とメールをやりとりできるようになったのが1992年頃からだったでしょうか。

私もたまたま会社を休職して、1994年に大学院の修士課程に入りました。そのとき、大学の学内がすべてEthernetで結ばれていて、大学どおしがネットワークでつながりました。研究室のメールアドレスをもらいましたので、大学へ行けばとりあえずメールのやりとりができるようになりました。そのときMosaicというのがあって、文字情報と画像を見ることができるというのを知りました。たしかMacかUNIXで動かしていたのですが、日本語をそのままで表示することができず、学内の情報工学科の大学院生がDelegateというプロキシーサーバーを提供していて、そのプロキシーサーバーにUNIXで通常用いる漢字コードのEUCをMacの文字コードであるShift_JISに変換して、やっと日本語を見ることができました。とはいっても、日本語のページはほとんどありませんでした。そのMosaicを見て面白いなと感じただけでしたが、9月頃に現れたNetscapeのβ版は驚きました。プロキシーサーバーを必要とせず、データを読んでいる最中から画面を表示するのです。Mosaicはデータをすべて読み取ってから表示するので、その感覚的な差は圧倒的でした。自分でもHTMLを書いたりして、ホームページを作ったのですが、静的なページを作るだけなので、情報交換をするだけにすぎないと思っていました。

まさか、それがビジネスに役に立つと思うまでも行きませんでした。さすがホリエモン、そこが決定的な差でしょう。当初のWebは非常にシンプルで、表現力においては、TexやLaTeXのような論文を記述するための言語に比べて貧弱でした。当時はLaTeXを画面に表示するための研究開発や、PostScriptを画面に表示することを真剣に考えて、Webがいまほど複雑になるとは誰もが思っていなかったはずです。当時の大学はEthernetの10Mbpsで学内が結ばれ、外部の大学とはT1と呼ばれる1.5Mbpsの光ファイバー回線で結ばれていましたので、そこそこ早かったのです。しかし、当時出てきたプロバイダーは、電話回線で結ばざるを得ず、28.8Kや33.6Kの電話線によるモデムでつなぐのがインターネットでした。そこにはメールが普通で、Webを見るためには数十秒も画面表示を待つのが普通でした。JPEGなどの重い絵を貼り付けるならば、みんなからページが重い!と言われて、叩かれたものです。今でもそういうことはありますが、重いという概念は質的に変わっているでしょうね。

技術的にみると、
ネットの速度は28.8Kから28.8Mもありうる1000倍(100倍くらいにしておきましょう)速度になりました。CPUの速度も当時は80486や68040というCPUが出てきて40MHzぐらいでしたが、今はおおよそ3GHzとしますと100倍。メモリーも多めで20Mバイトを使っていましたが、2Gバイト使うユーザーもおります。おおざっぱにいって、10年前の100倍の性能を持つパソコンを使っています。ムーアの法則やいろいろ個人によって違うので、非常に大雑把な比較です。

10年後は、技術的にはまだまだ見通しが立っていないようです。
省電力などの問題がなければCPUは10GHzは可能ですが、その問題をクリアするのは研究開発により大きな山を越えなければなりません。ネットワークの速度も10GBpsは実験的に可能らしいですが、それに耐えるルーターを用意するにはまだまだコストがかかります。メモリーも徐々に増えていくでしょうが、最近は増やす要因が減りつつあります。1Gバイトのメモリをもつパソコンを必要とする人は多くはいないでしょう。というよりも、多くの人が2年くらい前に発売されたパソコンで、機能的にはほぼ満足なはずです。動画の編集などをすれば、もっと高機能なものが必要かもしれませんが、数としては少ないでしょう。だからこれ以上速く、大きなメモリーをもつパソコンの需要は小さく、それよりも長時間使用できる軽いノートパソコンの方が需要が高いと思います。

未来予測は本当に難しいです。当たらないことが多いです。
私は最初に勤めた会社を休職して、大学院に戻って学者になろうとしました。そのとき予測したのは、次の2点です。
1.ネットワークの時代になって、東京が中心ではなくなる。どこにいても仕事ができるようになる。そのため東京にいる必要はないだろう
2.特別な知識やノウハウを持つ人の価値が上がる。それはグローバル化とともに、拍車がかかる。

1,2とも外れたとは思っていないのですが、実現する時期を間違えました。20年後だと思います。

1については当時からサテライトオフィスというのがあって、都心まで通わなくても、埼玉県民はさいたま市のサテライトオフィスへ通い、千葉県民は幕張のサテライトオフィスへ通えば、都心への混雑した電車に乗らず通勤時間も少なくなるだろうと思われてきました。

しかしそのサテライトオフィスは今はありません。
ブロードバンドが充実してテレビ電話やテレビ会議が使えるようになった今でも、サテライトオフィスはありませんし、同じ場所で仕事をすることが重要なようです。それはなぜか、人とのコミュニケーションはノンバーバル(言葉以外)なやりとりが重要なようです。メールや電話で通信しあうだけでは不十分で、なにげないやりとりや雰囲気のようなものが重要なようです。思っていることを相手にすべて伝えるのは不可能で、言葉でいうと10%しか伝わらない、文字にすると1%しか伝わらないといいます。その90%や99%を補うのは、視覚や触覚そして第六感なのかもしれません。初めて会った人を判断するとき、相手の話していることよりも、見た目の方が判断基準が高いそうです。

私は今後10年でこの山をのり越えるのではと思います。
メールや通信だけでは不十分なことはみんな知っています。そのノンバーバルなやりとりを、双方向のホワイトボードのようなもので実現するのか、テレビ電話で実現するのか、それとも仮想現実(VR)のようなものなのかわかりませんが、きっと乗り越えると思います。外れたからゴメンナサイ。20年後になるかもしれません。(^^;

そのときは、通勤が必要なくなります。自宅にいればいいのです。
距離がなくなります。通信事情は日本国内ではほとんど解消されると思いますが、フィリピンは中国よりも通信事情が悪いので、リゾートで仕事というのは難しいかもしれません。しかし、都心に住むよりも風向明媚な沖縄や夏は北海道で住んで仕事をしたいという人が増えるかもしれません。

外国語の翻訳はどうなるか?これはAI(人工知能)が実現されないことには、難しいです。人の会話で使われている言葉というのは不十分で、当事者どうしは阿吽の呼吸の会話ができますが、第三者がその会話を聞いていても最初は何を話しているのかさっぱいでしょう。それは文脈、つまり話している内容の背景を知らないからです。その文脈を理解しないと、本当の翻訳は無理でしょう。言葉が瞬間的に辞書を引いてくれるということで、おおよその意味を掴むのは今でも可能なので、不十分な翻訳でもよければ(意思の疎通がなんとかというレベルであれば)10年後はさらに良くなっているでしょう。

パソコンは、PDAの大型のようなものになっていると思います。
ノートパソコンの画面の部分だけじゃないでしょうか。見るだけだったら、キーボードは入りません。PDAの小さなキーボードだったり、携帯のボタンでもいいのです。そういったものをA4のものを2〜3枚、B5サイズのが1枚持ち歩くのではないでしょうか?サイズや電話や音楽機能の違い、メモリーのサイズやCPUの速さは違いますが、基本機能は同じだと思います。学校の教科書もノートも辞書も、すべてそこに入ります。ネットワークにつながり、小説や雑誌、その他のものもそれぞれの使い方に応じて使われるのではないかと思います。実はこれはスタートレックで予測されていて、パッドと呼ばれるものがそれに当たります。本を買うときに印刷したものは2000円するが、ファイルだったら500円ということになれば、多くの人はファイルで事足りるかもしれません。

テレビは私は今のようなものはなくなってしまうと思います。
一つのチャンネルで、ニュースからドラマ、音楽番組をながすような総合的なものはなくなると思います。それぞれのチャンネルかネットで、スカイバーフェクトTVやケーブルTVのように独立したチャンネルになると思います。番組の中には魅力的なものはありますが、時間ごとにそれぞれ分けられているのは使いづらいです。すでにHDレコーダーが普及しはじめていますから、個人で好きな時間に好きな番組を見るようになっています。それが放送局まで逆流すると思います。地上波デジタルで画質がよくなったといっていることが根本的に問題を履き違えている思います。

すみません、インターネットの10年後のはずでしたが、自分のなわばりの予測をしてしまいました。たぶんHTML言語は残るでしょうが、整理されていくと思います。本当の情報を伝えるところは、XML(RSS)の方が主体となるでしょう。画面デザインをするためにHTMLが使われています。しかしそれはブラウザによって表示が異なるので不十分です。しかし、それがXHTML+CSSで制限をして使われていくのか、FlashやPDFの進化形がそれに取って代わるのかわかりません。しかし、あまりデザインが混雑過ぎるものよりは、シンプルの飽きの来ない方がよいと思います。

実のところ、このインターネットの業界は半年先がどうなるかわかりません。だから10年後なんて、外れる確率がとても高いので言ってもしかたないことです。しかし実のところ、外的な技術的な要因よりは、内的な人間自身の要因の方が高いような気がします。できれば人間性を伸ばすようなところへ、研究がすすみ、技術が発展するようことを願ってやみません。

8月
28
2005
2

新しい発想の会社

急いで書いたので、てにをはがおかしかったの直しました。
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自分がもし会社を作るとしたら、Googleや”面白法人カヤック”、そして”はてな”という会社がいいなぁという思いがある。どれも技術優先だけど、何かおもしろいことをしそうな会社である。お金という報酬も大事だけど、生きていること取り組んでいることがおもしろく、そして結果としてみんなの役に立つという企業理念を持っている。

私が10歳も20歳も若ければ、そんな会社に飛び込んでみたいと思います。
また家族という責任を背負わなければ、一にも二にも丁稚奉公からでも始めてみたいと思う会社です。

だけど、そんなおもしろいことばっかりしようとする会社では、事業として成り立つのかという不安も感じる。失礼ながらいつまでも大学祭が続くように、お祭り騒ぎだけで、仕事が廻らず、つぶれてしまうのではないかと。

はてなの社長

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0404/19/news013.html

はてなという変な会社

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0507/04/news036.html

面白法人カヤック

http://www.kayac.com/

どちらの会社も社員が増えて売上も増大し、ますます伸びている。推測だが今時点での報酬については押さえていて、報酬以外の魅力を提供しているのではないだろうか。会社が成長期に入れば、大手以上の報酬を約束して、高いポジション、ストップオプションなどで社員に報いるつもりなのではないだろうか。Googleは上場を達成して、成長期の後半にいる。彼らの創業者は上場を達成して、第一の成功を収めた。そしていま上場前の企業理念を変えずに大きく成長しようとしている。これからマイクロソフトのような高収益の会社を目指すのか、Yahooのような普通の大企業になるのか、Amazonのような寡占を目指すのか、それとも別の道を辿るのだろうか。

会社が別のステージになると、会社の方針も理念も変わってくる。そして幹部層がヘッドハンティングされ、優秀な人材が集まってくる。創立時のメンバーは会社を生んで育てるのに向いているメンバーで、成長期のメンバーは会社が普通の会社になっていくためのメンバーである。就業規則を遵守し、9時から5時までの生活になれ、上司の評価を大切にする。普通の大企業へ成長していく。

そのときに創業時のメンバーは座を離れ、会社が昆虫の変体のように変化することがある。そのとき、このようなおもしろい会社はどう変わるんだろうか?

それぞれの会社の業務の内容についていえば、”はてな”は新しい発想を生み出して、その発想に基づくWebサービスを提供している。他の会社が既にやっているサービスは、”はてな”でやる意味がないすらといいきっている。自ら需要を掘りあて、隙間ビジネスではなくて新しいマーケットとサービスを創造している。Webの本格的な開発は、JavaのJ2EEを使ったものだが、彼らはスクリプト言語PerlやPHPを使っている。思いついたらすぐにサービスを提供するためにはスクリプト言語が最適なのだ。短い事業は思いついてからたった3日でリリースする。発想をすぐに実現できるというところが、彼らの競争優位でもある。

カヤックはビジネスを楽しんでしまおうという発想だ。従来型のWebビジネスを構築する会社であるが、たのしい雰囲気の職場を提供して、良いアイディアを出そうという企業理念をもっている。創立時には、みんなでイタリアのミラノへ行ってしまう。ミラノで仕事をするということにトライしてみる。いまでは会社の社屋を都心から離れた鎌倉において、いつでもマリンスポーツが楽しめるようにしている。顧客からは遠い場所にあるのだが、逆に職場を充実させているといえる。日本の多くの会社は都心に集中してしまっているが、欧米では地方に有力な会社があることが多い。それゆえ、日本的ではないが可能性はあるだろう。

どちらも伸びつづけてほしい企業である。

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8月
26
2005
2

インターネットのこれから(著作権)

小泉首相は、Dr.スランプに出てくるDr.マシリトに似ているって、ホントだ。

Dr.マシリトの紹介

http://www.bea.hi-ho.ne.jp/nukamisso/aku/meibo/aku_meibo_mashirito.html

先日のブログのコメントにも触れましたがインターネットはここ10年ぐらいの新しいメディアです。そのメディアはデータや文字だけでなく音声や動画、双方向で交信できるものです。しかも距離の概念を変えました。インターネットは、光か電気が媒介するので秒速30万キロメートルです。遅延があるとしても途中のCPUの演算速度のせいです。地球上ではまあ遅延はほとんどないといっても差し支えないでしょう。

これまでの時代、こんなものはありませんでした。
こんなことを詳しく言う必要はないぐらい、これを読んでくださる方はインターネットについてはご存知ですからこれ以上触れません。

しかしこの結果、これまでのメディアはなくなることはないものの形を変える必要ができてきました。

個人的な経験を言うと、
葉書は季節モノだけ、手紙は契約書などの大事なものだけ、ダイレクトメールはゴミ箱へ直行です。
新聞、ちらしのために朝刊だけとっています。
週刊誌は買いません。
本は良く買います。しかし本屋の立ち読みや図書館の本を読む方が10倍くらい多いです。
ラジオは聞きません。
テレビもニュース以外は好きな番組だけ、ながらで見ることは亡くなりました。
レコード・CDは好きな音楽がないので買いません。
映画は、レンタルDVDで100円か150円で借りてきてよく見ます。
ゲームはアイディアを探るのとストレス解消のため、たまに買います。(今日、地球防衛軍2というのを買ってしまった。安くていい。)

昨年、インターネットの利用時間が、新聞を読む時間やテレビの視聴時間を超えたそうです。私は数年前にそうなっていました。10歳の娘もすでにそうなっています。パソコンを使えない妻と息子がテレビを見ている時間が多いです。

インターネットは既にパソコンだけのものではなくなりつつあります。
携帯ではメールのやりとりも、ブラウザを使えるようになりました。
ハードディスクレコーダーは、インターネットから番組表を取得します。またインターネットを介して予約もできます。
家庭用の監視カメラは、外からパソコンや携帯でみることができます。
もちろん、IP電話も安く会話ができます。うちではIP電話を使っています。

私たちの生活のメディアの部分が、だんだんとインターネットに置き換わってきています。
音楽だって個人でレコードやCDを収集するよりも、ハードディスクに10万曲収録した方がいいかもしれません。1曲5Mバイトとしたら、500GBのハードディスクに入ります。1曲が5分としたら、1日に288曲分。1年で約10万曲です。おぉ1年かけっぱなしの分が入るんですね。これからはコレクターを趣味とする人以外は、使い捨ての音楽でいいかもしれません。

先日、AppleがiTunes Music Storeを始めました。これで本当に音楽の著作権の問題で止まっていた、楽曲のオンライン化がすすんでいくのですね。ただで楽しむのは良くない気がしますが、不便だったり、途中の著作権協会やレコード会社などが中抜きするのは許せません。ミュージシャンにお金を落とすようにすればいいのですから。これからは、Pod Castingが普及してミュージシャンが直接お金を受けとる仕組みになれるといいかもしれません。ただシェアウェアって、1000人に1人お金を払うぐらいなので、本当にミュージシャンが受け取れるかどうかは、これからにかかっているでしょう。

アメリカのYahooは、月$5で音楽をダウンロードし放題とか。WindowsMediaの著作権管理を利用しているので、それようの携帯プレーヤーやパソコンでないと聞けないのです、やりますね。日本で500円だったら、CDは売れなくなってしまうかもしれませんね。日本のYahooは音楽の前後に広告は入るものの、ラジオのようなサービスを始めました。ジャンルは選べるのですが好きな曲は選べません。http://station.music.yahoo.co.jp/

音楽関係はこれで流れが変わりました。

ここからは将来の推測ですが、
たぶん音楽関係は、デビューは自分のサイトなどでデモテープ(古い言い方)をアップして、視聴者が見つけやすいように他のミュージシャンと一緒にPod Castingで流します。そのうち評判を呼ぶと、編曲してきちんとしたスタジオで収録して有料化して流すのではないでしょうか?

テレビや映画で曲が使われたらどうなるかって?過渡期はテレビや映画の媒体はあるでしょうが、全部インターネットの中で一体化するかもしれません。そもそも少し作ったぐらいのものは価値がなくなってくるかもしれませんねぇ。誰でも作曲ができる、番組ができる、映画ができる時代になったら、良い作品しか評判とはならず残らないはずです。だって読んだり聞いたり見たりするより、自分で作品を作った方がおもしろいのですから。